東京地方裁判所 平成6年(ワ)18591号 判決 1998年2月20日
原告
クロード・リュイズ・ピカソ、マヤ・リュイズピカソ、パロマ・リュイズ・ピカソ、
ベルナール・リュイズ・ピカソ、マリナ・ピカソら五名代表者クロード・リュイズ・ピカソ
右訴訟代理人弁護士
佐藤雅巳
同
古木睦美
被告
株式会社讀賣新聞社
右代表者代表取締役
渡邉恒雄
右訴訟代理人弁護士
山川洋一郎
同
喜田村洋一
主文
一 被告は、別紙第二目録記載の書籍を印刷、製本及び頒布してはならない。
二 被告は、その所有する別紙第一目録記載の絵画を撮影したフィルム、右絵画の印刷用原版及び別紙第二目録記載の書籍を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金一〇〇九万円及びこれに対する平成六年一〇月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
六 この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項、第二項同旨
2 被告は、原告に対し、金二一四六万三五二〇円及びこれに対する平成六年一〇月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の権限
(一) スペイン人の画家パブロ・ピカソ(以下単に「ピカソ」ともいう。)は、別紙第一目録記載の絵画(以下、同目録記載の絵画すべてをあわせて「本件絵画」といい、同目録一ないし七記載の個々の絵画を「本件絵画一ないし七」という。)を、同目録の制作年欄記載の年に著作した。
(二) ピカソが一九七三年四月八日に死亡したことにより、同人の子である原告、マヤ・ルイズ・ピカソ、パロマ・ルイズ・ピカソ及びポール・ルイズ・ピカソが、本件絵画の著作権を相続し、ポール・ルイズピカソが一九七五年六月五日死亡したことにより、同人の子であるベルナール・ルイズ・ピカソ及びマリナ・ピカソが、ポール・ルイズ・ピカソが有していた本件絵画の著作権を相続した。
(三) 原告と右四名は、ピカソの本件絵画の著作権を不分割共同所有し、その収益は各人に等しく分配されるところ、原告は、右不分割所有者の管理者として、フランス民法一八七三―六条の規定に従い不分割共同所有者を代表する権限を有する。
2 被告の行為
(一) 被告は、平成六年一月二二日から同年四月三日まで、国立西洋美術館において、「バーンズ・コレクション展」(以下「本件展覧会」という。)を国立西洋美術館と共同で主催した。
(二) 被告は、本件展覧会の開催にともない、本件絵画を複製掲載した別紙第二目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)を製作し、定価二〇〇〇円で、少なくとも五〇万部販売した。
(三) 被告は、本件絵画三を、本件展覧会の入場券及び割引引換券に複製掲載した。
(四) 被告は、本件絵画二を平成五年一一月五日付け讀賣新聞に、本件絵画三を平成四年一二月二日付け、平成五年一一月三日付け及び平成六年一月二二日付け各同新聞に、本件絵画四を平成六年一月一日付け同新聞に、それぞれ複製掲載した。
(五) 被告は、プリントをキャンバスに貼りつけ表面加工をし額装を施した本件絵画三の複製画(以下「本件複製画」という。)を製作し、定価一五万円のものについて五点、定価四万五〇〇〇円のものについて一五点販売した。
3 原告の損害
(一) 原告は、前記2(二)の行為により、その売上代金総額一〇億円に通常の使用料率である一〇パーセントを乗じた額に、本件書籍中に本件絵画の占める割合である八〇分の七(八〇は、本件書籍に複製掲載された絵画の総数、七は、本件絵画の複製画の数)を乗じた金額である通常使用料相当額八七五万円の損害を被った。
フランスにおいては、カタログに絵画を複製掲載する場合、書籍と同率の著作権使用料率である定価の一〇パーセントが徴されるから、本件でもこれに従うべきである。
(二) 原告は、前記2(三)及び(四)の行為により、本件展覧会の入場料総額の一パーセントに相当する損害を被ったというべきところ、本件展覧会の入場者総数は一〇七万一三五二人であり、入場料は一般一五〇〇円、高校生、大学生が一一〇〇円、小学生、中学生が五〇〇円であり、割引入場券により入場した人は一〇〇〇円に割引されたことを考慮すると、平均入場料は一〇〇〇円が相当であり、入場料総額は一〇億七一三五万二〇〇〇円を下らないから、原告が右被告の行為により被った損害額は一〇七一万三五二〇円である。
本件作品は、本件展覧会の宣伝のみならず、被告の記念事業としての宣伝にも使用されたものである。また、バーンズコレクションは印象派画家の作品コレクションであるのに、被告が印象派でないピカソの作品を広告宣伝に利用したことは、ピカソの作品が本件展覧会のいわば看板作品であったことを示す。このような場合の通常使用料は、少なくとも入場料収入の一パーセント相当額である。
(三) 原告は、前記2(五)の行為により二〇〇万円を下らない損害を被った。
このような行為は極めて悪質であり、贋作の作成販売と同視すべきであるところ、かかる場合には通常二〇〇万円を損害金として徴する。また、ピカソが本件絵画を制作するのに要する知的労力や費用を金銭的に評価したものである本件絵画の値段を損害と考えるべきであるから、これが二〇〇万円を超えるのは明らかである。
4 結論
よって、原告は、被告に対し、本件絵画の著作権(複製権)に基づき、本件書籍の印刷、製本及び頒布の禁止、本件絵画の撮影フィルムと印刷用原版、及び本件書籍の廃棄、並びに損害賠償として金二一四六万三五二〇円及びこれに対する不法行為後である平成六年一〇月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は知らない。
2 同2の(一)の事実は認める。
同2の(二)の事実のうち、被告が本件展覧会の開催にともない、本件書籍を製作、販売したことは認めるが、その余は否認する。本件書籍の実販売部数は約四七万六〇〇〇部であり、販売総額は約九億五〇〇〇万円である。
同2の(三)ないし(五)の事実は認める。
3 同3は全て争う。同3の(二)のうち、有料入場者数は、約九五万人である。
本件書籍は、通常の書籍と異なり、発売期間は展示期間だけであり、発売場所も展示場に限られるから、経費を回収し利益を上げることが困難である。日本において海外の画家の著作権保護に当たっている美術著作権協会がカタログへの絵画収録について定める算定方式では、対価は、カタログの定価や発行部数に無関係である。この算定方式は、美術著作権協会で一般的に適用しているものであり、一般のカタログ発行者もこれにしたがっているものと推察され、事実たる慣習になっている。したがって、本件でもこの算定方式によるべきであり、その額は一七万八五〇〇円を超えない。
本件複製画については、被告は、本件展覧会場で販売する数十点の商品にピカソの絵画を複製することについて、美術著作権協会を通じて著作権者から許諾を得たものであり、本件複製画についてもこの一環として許諾を得たと考えたが、問題があり得るとの指摘を受けて、本件展覧会開始後すぐにその製造販売を中止した。製造、販売数量は二〇枚に過ぎない。このような場合の損害額が二〇〇万円に上ることはあり得ない。
三 抗弁
1 権利喪失
原告は、本件絵画の著作権をSociete des Auteurs des Arts Visuels(SPADEM)に信託的に譲渡した。
2 解説又は紹介目的の小冊子(本件書籍について)
本件書籍は、著作権法四七条にいう「小冊子」にあたるのであるから、本件絵画の複製行為は、著作権法上許された行為である。
3 引用による引用(入場券及び割引引換券について)
本件絵画三を、本件展覧会の入場券あるいは割引引換券に複製掲載する行為は、公正な慣行に合致し、かつ、当該入場券あるいは割引引換券上に当該絵画を引用する目的、すなわち当該美術展覧会の内容を象徴的に示すという目的に照らし、正当な範囲の引用行為であるから、著作権法三二条により許された行為である。
すなわち、入場券あるいは割引引換券は、それぞれ、その保持者が、対象となっている催し等に入場しあるいは割引価格で入場券を購入する権利を有することを表象するものである。このような美術展覧会の入場券あるいは割引引換券にその展覧会で展示されている代表的作品を収録することは、それにより当該展覧会にどのような作品が展示されているか示す目的を有するものであり、広く行われている慣行である。
また、このような入場券あるいは割引引換券は、極めて小さなものであり、これに絵画を複製掲載しても、独立に観賞し得るような程度の大きさになることはない。また、これらについては、保持者が長く保管することは考えにくい。
4 引用による利用及び時事の事件報道のための利用(新聞への掲載について)
美術展覧会の開催にあたり、その事実を報道する記事、及びそのコレクションないしその中の絵画の意味を探究する記事において、そのコレクションの一部を構成する絵画を新聞紙上で収録することは、著作権法三二条所定の引用又は同法四一条所定の報道の目的上正当な範囲内であり、かつ、これが広く行われていることからも明らかなとおり公正な慣行に合致する。
日刊新聞は、長く保存されることはあまりないものである。また、日刊新聞紙上の印刷は、カラー印刷が進んだ現在でも、単行本の美しさには及ばない。したがって、新聞記事を当該絵画の純粋な観賞目的のため長期にわたり用いることは考えられない。
無数の社会事象の中からいかなる情報を取りあげてどのように報じるかは、報道の自由に基づき各報道機関が自由に決することができるものである。多く報道がされたからといって、通常の新聞記事が広告宣伝に転化するものではない。
しかも、日本新聞協会が制定した「新聞広告倫理綱領細則」において明記されているとおり、新聞においては、通常の記事と広告とは截然と区別されており、読者もこれを十分承知しているから、本件展覧会の記事に接する読者も、これが広告ではなく、事実の報道や評論のために掲載されていることを容易に理解する。
本件絵画の新聞への掲載には本件展覧会の開始前にされたものもあるが、これらは、甲第八号証の「幻のバーンズコレクション日本へ」という大見出しに端的に示されているとおり、これまで門外不出であったバーンズ財団の絵画が初めて日本で公開されることになったことを報じるものである。新聞の重要な機能である事実の報道は、過去の出来事のみならず、これから予定されている出来事を報じることもある。
四 抗弁に対する認否及び反論
1 抗弁1の事実は否認する。
原告は、SPADEMにピカソの著作権の管理を委託していたが、著作権は譲渡していない。ピカソの著作物に対する著作権は、原告を含む五名の相続人により不分割共有されているところ、原告は管理者として管理権限を付与されたが、不分割共有持分の譲渡処分権限を付与されていない。なお、原告は、平成七年九月、SPADEMへの管理の委託を解除した。
2 抗弁2は争う。
3 抗弁3は争う。
被告主張のような慣行は存しない。そもそも、バーンズコレクションは、印象派の作品が中心のコレクションであるのに、パブロ・ピカソの本件絵画三を入場券及び割引引換券に複製掲載したのは、右絵画が有名であり、本件展覧会の宣伝になるからにすぎない。
4 抗弁4は争う。
平成五年二月六日から同年五月九日まで、上野の森美術館において、フジサンケイグループ等の主催で、「ニューヨーク近代美術館展」が開催された。これは、本件展覧会と同様の美術的意義を持つ。しかし、被告新聞に掲載されたこれについての報道記事は、本件展覧会に関するものに比べ、はるかに少ない。このような相違が示すように、被告は、本件展覧会が被告の一二〇周年記念事業であるため、その広告宣伝として、多数の記事・絵画の掲載を行ったものであり、本件絵画二ないし四の掲載が、広告宣伝目的のためされたことは明らかである。
また、請求原因2(三)の紙面への掲載のうち、平成六年一月二二日付紙面への本件絵画三の掲載を除く各掲載は、本件展覧会の開始前にされているから、これらの記事が、報道ではなく、本件展覧会の告知、即ち広告宣伝を目的とすることは明らかである。また、平成六年一月二二日付紙面への本件絵画三の掲載についても、本件展覧会の開会を報じた記事とは別個の記事であるから、本件展覧会の広告宣伝にすぎない。
また、引用とは、本来学術論文について妥当するものであるから、被告の行為は引用にあたらない。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1(原告の権限)について
1 本件書籍であることについて当事者間に争いのない検甲第四号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因1(一)の事実が認められる。
日本及びスペイン国は、いずれも文学的および美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約の締結国であるから、同条約三条(1)項a及び我が国の著作権法六条三号により、スペイン国民であったピカソの著作物である本件絵画は、我が国の著作権法による保護を受けるものである。
2 弁論の全趣旨により成立が認められる甲第二二号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる甲第一九号証、甲第二〇号証、甲第六二号証、甲第六三号証によれば、請求原因1(二)、(三)の事実が認められる。
二 請求原因2(被告の行為)について
1 請求原因2の(一)及び(三)ないし(五)の事実は、当事者間に争いがない。
2 同2(二)の事実については、被告が本件展覧会の開催にともない本件書籍を製作し、定価二〇〇〇円で約四七万六〇〇〇部販売したことの限定で当事者間に争いがない。それ以上に被告が本件書籍を五〇万部販売したことを認めるに足りる証拠はない。
三 抗弁1(権利喪失)について
1 成立に争いのない乙第一号証によれば、原告代理人が、本訴提起前の平成六年三月二六日付けで、「パブロ・ピカソの著作権承継人であるエステート・オブ・ピカソの著作権受託者であるSPADEM」の代理人として、内容証明郵便を被告に送ったことが認められる。
また、成立に争いのない乙第二八号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第二九号証によれば、平成七年一二月から翌年三月まで開催されたピカソ作品の美術展についての招待券(乙第二八号証)及び新聞記事(乙第二九号証)には、マークに続いて、SPADEMの名義が記載され、SPADEMがピカソの作品の著作権を有するかのような表示が記載されていることが認められる。
そして、弁論の全趣旨によって原本の存在及びその成立の認められる甲第六〇号証、甲第六一号証、甲第六四号証によれば、ピカソの作品の著作権についての不分割資産の管理者及びピカソの権利承継人としての原告は、一九八九年六月五日、SPADEMに加入を申し込み、認められたこと、SPADEMの定款によれば、加入者は定款の定める複製権等の権利をSPADEMに委託するものとされていることが認められる。
2 しかし、前記甲第一九号証、甲第六一号証、甲第六二号証、甲第六三号証によれば、パリ大審裁判所が一九八九年三月二四日に、原告をピカソの作品の著作権についての不分割共同所有の管理者として指名し、当該管理には、SPADEMに加盟する権能も含まれるが、その加盟はフランス民法一八七三―六条に定める運用権限を越えないことを条件とする旨の判決を言い渡したこと、同判決は、上訴審であるパリ控訴裁判所及び破毀院でも維持されたことが認められ、前記甲第二二号証によれば、フランス民法一八七三―六条は、「管理者は、その権限の範囲で、民事上の行為においても、原告たると被告たるとを問わず、裁判においても共有者を代表する。管理者は、共有財産を運営管理し、その目的のため、法が共有財産につき夫に付与する権利を行使する。但し、彼は、共有財産の通常の使用に必要とするか、又は、さらに保存が困難な又はしおれてしまう性質の物である場合にしか、有形財産を処分することができない。」と定めていることが認められる。そして、前記甲第六三号証によれば、破毀院は、SPADEMへの権利委託は資産の譲渡をもたらすことはないとの控訴院の判断を正当と判断していることが認められる。
右事実によれば、フランスの裁判所で、原告は、ピカソの作品の著作権の不分割共同所有の管理者に指名され、その権限にはSPADEMに加盟する権能も含まれるが、財産処分の権限はなく、SPADEMへの権利委託は資産(著作権)の譲渡ではないとされているのであるから、SPADEMへの加入に伴う権利の委託及び前記乙第一号証、乙第二八号証、乙第二九号証によって認められる事実をもって、原告がピカソの作品の著作権をSPADEMに譲渡することにより失ったものとは認めることはできない。
四 抗弁2(解説又は紹介目的の小冊子)について
1 著作権法四七条所定の観覧者のために美術の著作物又は写真の著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子とは、観覧者のために展示された著作物を解説又は紹介することを目的とする小型のカタログ、目録又は図録等を意味するものであり、展示された原作品を観賞しようとする観覧者のために著作物の解説又は紹介を目的とするものであるから、掲載される作品の複製の質が複製自体の観賞を目的とするものではなく、展示された原作品と解説又は紹介との対応関係を明らかにする程度のものであることを前提としているものと解され、たとえ、観覧者に頒布されるものであっても、紙質、判型、作品の複製態様等を総合して、複製された作品の観賞用の図書として販売されているものと同様の価値を有するものは、同条所定の小冊子に含まれないと解するのが相当である。
2 前記検甲第四号証によれば、本件書籍は、約三〇〇mm×約二二五mmの規格で、上質紙が用いられており、総頁数一三六頁であるところ、そのうち九二頁には本件展覧会で展示された作品八〇点が掲載されており、しかも、各作品は、一頁につき一点ないしは見開き二頁にわたって一点が掲載されている。そして、本件絵画は、縦がいずれも約二〇〇mm、横は作品によって約一一三ないし約一四七mmの大きさで、カラー印刷で七頁にわたって、各頁に本件絵画一ないし七が一点ずつ複製されており、各絵画についての解説文は各頁の下部約四分の一のスペースに印刷されているのみであることが認められる。
3 右のような本件書籍の紙質、判型、作品の複製態様等の事実によれば、本件書籍は、実質的に見て観賞用の画集として市中に販売されているものと同様の価値を有すると認められるものであるから、著作権法四七条にいう著作物の解説又は紹介を目的とする小冊子に当たるということはできない。よって、抗弁2は認められない。
五 抗弁3(本件入場券及び割引引換券における引用による利用)について
1 成立に争いのない甲第四号証によれば、本件入場券は、約一九五mm×約七〇mmの規格で、その上部に、本件絵画三が約一〇六mm×約六〇mmの大きさでカラー印刷で複製されており、その下部に、「THE BARNES」、「世界初公開 巨匠たちの殿堂 バーンズ・コレクション展ルノワール、セザンヌ、スーラ、マティス、ピカソ……」と記載され、その他本件展覧会の会場、会期、主催者名、後援者名、入場料等の事項が記載されていることが認められる。
また、成立に争いのない甲第六号証によれば、本件割引入場券も、入場料の代りに割引額が記載されているほかは、本件絵画三の複製の態様、その他の記載事項等は本件入場券と同様の体裁のものであることが認められる。
2 著作権法三二条一項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と規定しているが、ここにいう引用とは、報道、批評、研究等の目的で自己の著作物中に他人の著作物の全部又は一部を採録するものであって、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物を明瞭に区別して認識することができ、かつ、両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があるものをいうと解するのが相当である。
本条項の立法趣旨は、新しい著作物を創作する上で、既存の著作物の表現を引用して利用しなければならない場合があることから、所定の要件を具備する引用行為に著作権の効力が及ばないものとすることにあると解されるから、利用する側に著作物性、創作性が認められない場合は、引用に該当せず、本条項の適用はないものである。
3 前記認定事実によれば、本件入場券及び割引入場券のうち本件絵画三を除く部分の記載事項は、単にコレクションの名称、それに含まれる画家名、その他本件展覧会の開催についての事実の記載に過ぎないから、思想又は感情を創作的に表現した著作物であるということはできない。よって、右本件絵画三の複製を自己の著作物への引用であるということはできず、抗弁3は認められない。
被告は、美術展覧会の入場券あるいは割引引換券にその展覧会で展示されている代表的作品を収録することは広く行われている慣行である旨主張するが、著作権の保護期間内の作品を著作権者の明示又は黙示の許諾なく入場券、割引引換券に複製することが広く行われていることを認めるに足りる証拠はないし、仮にそのような行為が心ない美術展主催者によって社会に行われているとしても、それは正当化の根拠のない、著作権を侵害する行為であって、公正な慣行ということはできない。
六 抗弁4(新聞への掲載についての引用による利用及び時事の事件報道のための利用)について
1 被告が、本件絵画二を平成五年一一月五日付け讀賣新聞に、本件絵画三を平成四年一二月二日付け、平成五年一一月三日付け及び平成六年一月二二日付け各同新聞に、本件絵画四を平成六年一月一日付け同新聞に、それぞれ複製掲載したことは、当事者間に争いがない。
2 本件絵画二の平成五年一一月五日付け紙面への掲載について
(一) 成立に争いのない甲第一二号証によれば、同日付け同新聞夕刊には、下約三分の一が、バーンズコレクション所蔵の絵画の広告で、上約三分の二が本件展覧会の特集を組んだ紙面の頁があり、具体的には、「秘蔵の名画ついに日本へ」、「バーンズ・コレクション展」との大きな見出しの下に、美術評論家の「セザンヌの偉大さ思い知る」との表題の文章、有名漫画家の「色彩と漫画的構図ルソーにわくわく」との表題の談話、若手女優の「ピカソの「苦行者」今度はじっくりと」との表題の談話、マティス、ルノワール、セザンヌ、ルソーの各作品及び本件絵画二のカラー印刷の複製、本件展覧会の会期、会場、主催、後援、協賛等、観覧料を列記した囲み、前売り券扱い所、観覧クーポン券扱い所とバーンズコレクションの説明を一まとめにした囲みが配置されている。若手女優の談話は、表題と女優の顔写真を含め一六行三段(約七五mm×約一〇五mm)で、その右側に本件絵画三が約六八mm×約九五mmの大きさで掲載されている。若手女優の談話は、同人がパリに行って本件コレクション展を見てきた旨に続き、「中でも私が最も引き込まれたのは、ピカソの青の時代を代表する作品『苦行者』でした。それは、一昨年の夏、成城大学三年(西洋美術史専攻)の時に欧州六か国の美術館をめぐるツアーに参加して、ゴッホの最晩年の作品群にショックを受けて、卒論にゴッホを選ぶ決心をした時の経験に似ていました。」との記載があり、さらに、本件展覧会を心ゆくまで観賞したい旨で締めくくられている。
(二) 右記事によれば、右女優の談話は、それなりの創作性のある表現であり、著作物には当たるけれども、本件絵画二についての叙述は、単に、同人が本件コレクションの中で右絵画に最も引き込まれ、それが大学の卒業論文にゴッホを選ぶ決心をした時と似ていたというに過ぎないから、談話の内容中、本件絵画二に関する部分は、新たな創造という要素は僅少であり、内容的にも本件絵画二の複製を引用する必要性は微弱で、外形的にも、談話と本件絵画二の紙面上の大きさは僅かに談話の方が大きいものの、本件絵画二はカラー印刷で読者の受ける印象はむしろ本件絵画の方が大きい。これらの点を考慮すると、談話と本件絵画二との間に談話が主、本件絵画二が従との関係は認められず、むしろ、本件絵画二を複製掲載することに主眼があったものと認められ、このような利用は著作権法三二条一項所定の引用に当たるものということはできず、引用による利用の抗弁は認められない。
また、右記事の内容は、時事の事件の報道とは到底いえないから、時事報道のための利用の抗弁も認められない。
3 本件絵画三の平成四年一二月二日付け紙面への掲載について
(一) 成立に争いのない甲第八号証によれば、次の事実が認められる。
同日付け同新聞朝刊の一面左上部に「幻のバーンズコレクション日本へ」との五段の大見出し、及び「セザンヌなど名画八〇点公開」、「九四年一月、国立西洋美術館」との小見出しの下に、発信地と執筆記者名が冒頭に付された四段にわたる本記と本件絵画三を含む三点の絵画のカラー印刷の図版からなる記事が掲載された。
右記事の内容は、「セザンヌやマチスなどの第一級の絵画を所蔵するアメリカのバーンズ財団は、画集でも見られない“幻のコレクション”で知られるが、その中からよりすぐった作品を公開する「バーンズコレクション展」が九四年一月から東京の国立西洋美術館で実現することとなった。主催する読売新聞社と同美術館が、一日までに財団と基本的な合意に達した。財団は現地で三日、日本を含む初の世界巡回展の構想を発表する予定で、国際的に美術ファンの話題を集めるのは必至だ。」との書き出しで、バーンズ財団の紹介、コレクションは極めて質が高いが、公開も週末に人数を限ってで、バーンズの遺言に従って、売却はもちろん、他館への貸出しや画集への掲載も禁じられたことから、名画の実像は明らかにされなかった旨、コレクションが初公開されることになったのは、ギャラリーの老朽化に伴う改修のためであり、来年のワシントン・ナショナル・ギャラリーとフランスのオルセー美術館に続いて、再来年の一月から四月にかけて東京展を開催する旨、バーンズコレクションは、一八〇点のルノワール、六九点のセザンヌなど、総数は二五〇〇点を超える旨の説明が続き、「このうち今回出品されるのは「カード遊びをする人たち」など二〇点を数えるセザンヌを筆頭に、ルノワールが「音楽学校生の門出」など一六点、マチスが「生きる喜び」など一四点のほか、スーラ「ポーズする女たち」、ゴッホ「郵便配達夫ルーラン」、ルソー「虎に襲われた兵士」、ピカソ「曲芸師と幼いアルルカン」など計八〇点。いずれも初めて国外で公開される傑作ばかりだ。」と結ばれている。
また、絵画の図版は、本件絵画三が約九八mm×約五七mm、セザンヌの「カード遊びをする人たち」が約九七mm×約一三五mm、ルノワールの「音楽学校生の門出」が約八五mm×約五四mmの各大きさで掲載されている。
(二) 右事実によれば、右記事は、優れた作品が所蔵されているが、画集でも見ることのできないバーンズコレクションからよりすぐった作品を公開する本件展覧会が平成六年一月から東京の国立西洋美術館で開催されることが前日までに決まったことを中心に、コレクションが公開されるに至ったいきさつ、ワシントン、パリでも公開されること、出品される主な作品とその作家を報道するものであるから、著作権法四一条の「時事の事件」の報道に当たるというべきである。そして、本件記事中で、本件展覧会に出品される八〇点中に含まれる有名画家の作品七点が作品名を挙げて紹介されている中の一つとして本件絵画三が挙げられているから、本件絵画三は、同条の「当該事件を構成する著作物」に当たるものというべきである。また、複製された本件絵画三の大きさが前記の程度であること、右記事全体の大きさとの比較、カラー印刷とはいえ通常の新聞紙という紙質等を考慮すれば、右複製は、同条の「報道の目的上正当な範囲内において」されたものと認められる。
よって、右記事中の本件絵画三の利用については、時事の事件の報道のための利用の抗弁は理由がある。
(三) 原告は、他の新聞社主催の展覧会についての被告新聞の記事と比べて、とりわけ本件展覧会について被告新聞に多数の記事が掲載されたこと、及び右記事が本件展覧会の開始前に掲載されたことをとらえて、右記事は時事の事件の報道には当たらない旨主張するが、本件展覧会についての記事の掲載回数が多いとはいっても、右記事は、自社の主催するものとはいえ、バーンズコレクションが日本で公開されることが決まったというそれなりに報道価値のある時事の事件を報道するもので、ことさらに事件性を仕立て上げたものとも認められず、展覧会開催の一年一か月前の記事であることからすれば、宣伝的要素はむしろ少ないものと認められ、原告の主張は採用できない。
4 本件絵画三の平成五年一一月三日付け紙面への掲載について
(一) 成立に争いのない甲第九号証によれば、同日付け同新聞朝刊三〇面の中段中央に、三段三二行分(約一〇〇mm×約一五三mm)の大きさで、周囲をけいで囲み同面の他の記事と明瞭に区別し、右から約三分の一の部分に、「世界初公開 巨匠たちの殿堂バーンズ・コレクション展 ルノワール、セザンヌ、スーラ、マティス、ピカソ」との表題を、上部けいの中央に横書で「幻のコレクション展、きょうから前売り開始」との文言を、下部けいの中央に横書で、「主催 国立西洋美術館 読賣新聞社」と主催者名を記し、前記表題の右側に、「読売新聞創刊百二十周年を記念して、来年一月から東京・上野の国立西洋美術館で開催する『バーンズ・コレクション展』の前売り券をきょう三日から発売します。印象派、後期印象派の個人収集では世界最高といわれ、ルノワールらの代表作多数を所有しています。本展は東京のみで開催し、厳選した八十点を公開します。」との、主催者からの告知風の文体の文章が掲載され、囲み全体の中央に、本件絵画三が約六一mm×約三〇mmの大きさでカラー印刷で複製されており、その余の部分に、本件展覧会の会場、会期、後援者、特別協賛者、協賛者、協力者、入場料、前売り券扱い所、観覧クーポン券扱い所等の事項が記載されていることが認められる。
(二) 右事実によれば、右記事のうち本件絵画三を除く部分の記載は、形式的に見ても本件展覧会の主催者である国立西洋美術館と被告が本件展覧会の前売り券の発売を開始することを告知する定型的な挨拶文で、その内容も、コレクションの名称と簡単な紹介、その他本件展覧会についての事実を伝達するに過ぎないものであるから、思想又は感情を創作的に表現した著作物であるということはできない。よって、右本件絵画三の複製を自己の著作物への引用であるということはできず、引用による利用の抗弁は認められない。
また、前記のとおり、右記事の内容は、本件展覧会の主催者が前売り券を今日から発売することを告知するもので、当日の出来事の予告ではあるが客観的な報道ではなく、むしろ、好意的に見て主催者からの告知又は挨拶文、とりようによっては被告が主催する本件展覧会の入場券前売り開始の宣伝記事と認められるから、いずれにしても、著作権法四一条の「時事の事件を報道する場合」に当たるということはできないし、本件絵画三の複製が、当該事件を構成し、当該事件の過程において見られ若しくは聞かれる著作物に当たるとも認めることはできない。時事の事件の報道のための利用の抗弁も認められない。
5 本件絵画三の平成六年一月二二日付け紙面への掲載について
(一) 成立に争いのない甲第一〇号証によれば、同日付同新聞夕刊の一〇面の右上に、「秘蔵の名画 バーンズコレクション展から4」という題目の記事が、六段二五行の大きさで掲載され、その中の左上部に四段一七行の大きさで本件絵画三がカラー印刷で複製されていること、右記事には「描写力を超えて」という見出しが付されており、記事の文章は四〇行で、その内容は、医師の資格を取ったバーンズがビッグ・コレクターに変身したのは、四〇歳前にして人生の成功者となってしまったからである旨、新薬を開発して金持ちになった同人が何不自由ない暮らしを得たが、それだけでは満たされないものを感じ始め、幼いころから好きだった絵画への情熱がよみがえり、再び絵を描きだしたが、自分の作品だけでは満足できなくなり、優れた絵を求め始めた旨が紹介され、それに続いて、「優れた絵」、本件絵画三は「この言葉がぴったりくる。ピカソが描写の天才であったことはいうまでもない、しかし、この絵には描写力を超えた何ものかがある。心に触れてくるその内容の正体を、ここでは『愛』と言っておこう。ピカソかマティスか、今世紀の絵画を代表する二人の巨匠のうち、バーンズが好んだのはマティスの方だった。だが、この傑作については、彼も虚心に優れていると認めざるを得なかったようだ。」と結ぶもので、文化部記者の署名記事であることが認められる。
(二) 右事実によれば、本件記事はバーンズが絵画のコレクターとなったいきさつを抽象的に説明しているものであり、本件絵画三についての叙述部分は、バーンズが優れた絵を求め始めたが、本件絵画三には優れた絵という「言葉がぴったりくる。この絵には描写力を超えた何ものかがある。心に触れてくるその内容の正体を、ここでは『愛』といっておこう。」というだけのものであり、その内容はあいまいで抽象的であり、右叙述部分中の本件絵画三の表題を本件絵画中の他のピカソの作品と入れかえても文章として成り立つものであり、本件絵画三を紙面に紹介することのみを目的とした記事という外はなく、本件記事中本件絵画三についての部分と本件絵画三の複製との間には、前者が主、後者が従との関係は認められず、むしろ前者が従、後者が主の関係にあるものと認められ、右記事中での本件絵画三の利用は、著作権法三二条一項所定の引用に当たるものとはとうてい認められず、引用による利用の抗弁は認められない。
また、右記事は「秘蔵の名画 バーンズコレクション展から」という題目でシリーズで掲載されているものであり、その内容も、何ら時事の事件の報道に当たらないから、時事の事件の報道のための利用の抗弁も認められない。
6 本件絵画四の平成六年一月一日付け紙面への掲載について
(一) 成立に争いのない甲第一一号証によれば、同日付け同新聞朝刊の正月用特別版(第四部)が、本件展覧会の特集となっており、その二面と三面を見開きとして、「はじめて世界はこの美に出あった」との見出しが付され、二面のほぼ中央に、本件絵画四が約一四一mm×一〇〇mmの大きさでカラー印刷で複製されており、その周囲に、ルノワール、マティス、ゴッホ、ロートレックの絵画のカラー印刷の複製が掲載されており、三面の右側半分強にセザンヌ、マネ、モディリアーニの絵画のカラー印刷の複製が掲載され、その左に「先見と戦闘精神のコレクション」と題する文化部記者の署名記事があり、その左に、ゴーガン、ルソーの絵画のカラー印刷の複製が掲載されている外、本件展覧会の会期、会場、主催者、後援者等や入場料、前売り券扱い所、観覧クーポン券扱い所が記載されている。
右記事は、その前半が、バーンズコレクションの中心となるのは、印象派、後期印象派を核とする西洋近代絵画であり、そのビッグ3に挙げられるのは、ルノワール、セザンヌ、マティスで、この三人こそバーンズ氏の最も好む画家だったこと、バーンズ氏が作品を買い始めた一九一二年ころ、美術の前衛にあったのはキュービズムや未来派であったが、彼はそれらの作品には関心を示していない点で、彼の収集は必ずしも最先端をキャッチするものではなかったこと、しかし、バーンズ氏のコレクションはパイオニア精神に富んでいるもので、中でもモディリアーニやスーティンといったパリ派へのいち早い着眼はその先見性のあかしとなるものであること、コレクションは周囲から退廃的といった非難も浴びたが、批判する者は作品からシャットアウトするバーンズ氏の戦闘精神は数々のエピソードを残したことを紹介するもので、後半は、「本展に出品される作品の質はさすがに高い。」との書き出しで、カラー印刷で複製された絵画を順次紹介するものであるが、本件絵画四については、「ピカソの「山羊と少女」はキュービズム前夜の巨匠の姿を告げている。」と記述されているのみである。
(二) 右認定の事実によれば、右二面と三面は、本件展覧会に出品される絵画の中から、著名画家一人につき一点ずつ、本件絵画四を含む一〇点の絵画を紙面に複製して紹介することを目的とした企画であり、右記事中、本件絵画四についての部分と本件絵画四の複製との間には、前者が主、後者が従との関係は認められず、むしろ前者が従、後者が主の関係にあるものと認められ、右記事中での本件絵画四の利用は、著作権法三二条一項所定の引用に当たるものとは到底認められず、引用による利用の抗弁は認められない。
なお、甲第一一号証として写の提出されているのは、前記見開きの内、右半分の二面のみであるが、これにのみ着目し判断すれば、本件絵画四を含む各絵画の複製を除いた部分は、各絵画の作者、表題、作成年、実物の大きさのデータのみであり、本件絵画四を利用して引用して利用する著作物は存在せず、引用による利用の抗弁が成立しないことは自明である。
また、右記事の内容は、何ら時事の事件の報道に当たらないから、時事の事件の報道のための利用の抗弁も認められない。
七 差止請求等について
被告は、本件書籍に本件絵画を複製し、複製権侵害行為をしたものでありながら、自己の非を認めず、右行為が著作権侵害に当たることを現に争っているから、本件書籍を印刷、製本及び頒布するおそれがあるものと認められる。
前記検甲第四号証によれば、本件書籍は、五ないし一三頁に、本件展覧会についての開催時期、会場、主催者名、主催者の挨拶文等が記載されているが、この部分を削除すれば本件書籍と実質的同一性を維持した一般図書となり得る上、被告の担当者の中には、後記八4認定のとおり、正当化できる事情のない複製権侵害行為をあえて行う者がいると認められるから、本件展覧会が既に終了していることを理由に、被告が本件書籍を印刷、製本及び頒布するおそれがないということはできない。
被告は、本件判決の言渡し後間もなく確実に行われる送達によって、未確定とはいえ、本件書籍への本件絵画の複製が著作権侵害であるとの裁判所の判決による判断を知り、遅くともこれによって本件書籍が著作権侵害行為によって作成された物であるとの情を知ることになる。
また、被告が、その所有する本件絵画を撮影したフィルム、本件絵画の印刷用原版、及び本件書籍を既に廃棄、処分したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、著作権法一一二条一項及び一一三条一項二号に基づく、本件書籍の印刷、製本及び頒布の差止請求(頒布差止については本判決送達時以降の将来請求の限度で)並びに同法一一二条二項に基づく、被告が所有する本件絵画を撮影したフィルム、本件絵画の印刷用原版、及び本件書籍の廃棄請求には理由がある。
八 請求原因3(原告の損害)について
請求原因2(五)の行為による著作権侵害は被告の故意によるものと認められ、右二2に認定した行為及び請求原因2(三)(四)の行為による著作権侵害については、被告の過失によるものと認められるから、被告は、原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。
1 本件書籍について
前記のとおり、被告は本件書籍を定価二〇〇〇円で約四七万六〇〇〇部販売したから、売上額は約九億五二〇〇万円である。
前記四2のとおり、本件書籍に複製掲載された絵画の総数は八〇点で、絵画の掲載された頁数は九二頁であり、本件絵画の複製画の数は七点で、その掲載頁数は七頁である。
ピカソが、世界的にも我が国においても、最も高名で人気の高い画家の一人であることは当裁判所に顕著であり、かつ、バーンズコレクションに属する本件絵画は、従来、広く公開されず、画集への複製が制限されていて、複製には希少価値があることに、本件書籍の紙質、判型、本件絵画の複製の態様等を総合考慮すれば、損害賠償額としての通常の使用料算出のための本件書籍掲載の絵画が全てピカソの作品であると仮定した場合の通常の使用料率は、定価の一〇パーセント相当であると認められる。
したがって、本件書籍への本件絵画の複製の掲載による損害賠償額としての通常使用料相当額は、九億五二〇〇万円の一〇パーセントに本件絵画掲載頁数が絵画掲載頁数全体に占める割合である九二分の七を乗じて算出される七二四万円(一万円未満切捨て)と認める。
弁論の全趣旨により成立が認められる乙第二六号証、乙第二七号証によれば、フランスの複数の美術著作権管理団体から我が国における著作権行使の委任を受けている美術著作権協会が一般的に適用している対価算定方法を本件書籍に当てはめれば対価額は一七万八五〇〇円となることが認められる。この金額と前記認定の金額とは大きな差があるように見えるが、本件書籍の複製、頒布部数が一万部であると仮定して前記認定の方式で使用料を試算すれば一五万二一〇〇円(一〇〇円未満切捨て)となり、複製、頒布部数が一万部前後までの場合を考えれば、ほとんど差がなく、その程度の部数の複製、頒布を前提とする多くの場合に関する限り、定額であることがむしろ著作権者に有利である。しかし、本件書籍の場合、約四七万六〇〇〇部という格段に多い部数の複製権侵害が行われたことに対する損害算定のために通常の使用料を求めているのであるから、前記認定の損害額こそ事案に応じた相当な額である。
なお、被告は、美術著作権協会の右算定方法が事実たる慣習となっている旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
2 入場券及び割引引換券について
前記のとおり、被告は本件絵画三を本件展覧会の入場券及び割引引換券に複製掲載して複製権を侵害したものであり、また、弁論の全趣旨により、本件展覧会の有料入場者数は約九五万人であると認められるから、入場券又は割引引換券は少なくとも右枚数複製、頒布されたものと認められる。
原告は、入場券及び割引引換券と新聞への掲載とを併せて、入場料収入の一パーセント相当額が通常使用料相当額である旨主張し、甲第五七号証(原告本人の陳述書)には、フランスでは右主張のような損害賠償金の請求をする旨の陳述記載がある。しかし、右記載は、その請求が裁判所により認容されるとも、和解交渉で相手方に受け入れられるとも述べていないのであり、しかも、フランスにおける請求額が我が国における認容額の基準となるべき合理的な理由はない。
そして、右行為の性質、内容、本件展覧会の規模、複製、頒布枚数等の事情を考慮して、損害賠償額としての、入場券及び割引引換券についての本件絵画三の通常の使用料相当額は三〇万円と認める。
3 新聞への掲載について
前記のとおり、被告は、本件絵画二を平成五年一一月五日付け讀賣新聞に、本件絵画三を平成五年一一月三日付け及び平成六年一月二二日付け各同新聞に、本件絵画四を平成六年一月一日付け同新聞に、それぞれ複製掲載し、各絵画について複製権を侵害したものである。
前記のとおり、原告は、入場券及び割引引換券と新聞への掲載とを併せて、入場料収入の一パーセント相当額が通常使用料相当額である旨主張するが、これを認めるに足りない。
そして、右行為の性質、内容、被告新聞の発行規模(被告の発行する讀賣新聞の発行部数が数百万部以上であることは当裁判所に顕著である。)等の諸般の事情を考慮して、損害賠償額としての、新聞への右各掲載についての通常の使用料相当額は各四〇万円と認めるから、その総額は一六〇万円となる。
4 本件複製画について
被告は、本件絵画三についての本件複製画を、定価一五万円のものについて五点、定価四万五〇〇〇円のものについて一五点販売し、故意に複製権を侵害したものである。
原告は、右行為は悪質であるから二〇〇万円が通常使用料相当額である旨主張し、甲第五七号証(原告本人の陳述書)には、フランスでは右主張のような損害賠償金の請求をする旨の陳述記載がある。しかし、右記載は、その請求が裁判所により認容されるとも、和解交渉で相手方に受け入れられるとも述べていないので、原告の要求に過ぎないから、これだけでは原告主張の事実を認めるに足りず、他にこれを認める証拠はない。
また、原告は、ピカソが右絵画を制作するのに要する知的労力や費用を金銭的に評価した絵画の値段を損害と考えるべきであると主張するが、絵画の価額を直ちにその著作権侵害による損害と認めることはできない。
そして、右行為の性質、内容、とりわけこのような行為は許諾契約を締結することなしに正当化する事情はおよそ考えられないのに、契約もなくあえて複製権侵害行為を行っていること(被告は、本件複製画についても著作権者から許諾を得たと考えた旨主張するが、その許諾契約の内容も、その契約文言が本件複製画の製造販売をも含むものと解されてもしかたのないものであったことも認めるに足りる証拠はない。)等の諸般の事情を考慮して、損害賠償額としての、本件複製画についての通常の使用料相当額は、定価一五万円のものについて各一〇万円、定価四万五〇〇〇円のものについて各三万円であると認めるから、その総額は九五万円となる。
5 前記1ないし4の損害の合計額は、一〇〇九万円となる。
九 結論
したがって、原告の本件請求は、損害賠償金一〇〇九万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であり不法行為の後である平成六年一〇月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、並びに前記七で理由があるものと判断した差止、廃棄請求を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官西田美昭 裁判官八木貴美子 裁判官沖中康人)
別紙第一・第二目録<省略>